![]() このサイトについて 「日本万国博覧会」DATA 会期 / 1970年3月14日〜9月13日(一般公開は3月15日から) 会場 / 大阪府 千里丘陵 面積 / 約330万平方メートル(甲子園球場83個分) 入場者数 / 延べ約6400万人 参加国 / 79カ国(44パビリオン) 参加企業 / 34(32パビリオン) 1970年、大阪で「日本万国博覧会」が開催されました。 甲子園球場83個分の広大な敷地に、世界各国や日本の企業のパビリオンが 建ち並び、当時の最先端技術や世界の文化が、まさに凝縮された空間でした。 当時、小学生だった私は、小学館の学習雑誌やマンガ雑誌などで 万博関連の記事を読み、今まで空想の世界だった未来像が目の前に現れ しかも、開催地が地元の大阪だったこともあり、大阪万博にのめり込むことになりました。 まだ、小学校3年だったので、自分達だけでは万博に行くことが出来ません。 親や親戚に連れて行って貰い、確か4回位しか、会場には足を運ぶことが出来ず、 また、会場での記憶も鮮明ではありません。 しかし、その、濃密な半年間は、まだ幼かった私に強烈な印象を与え、 まるで、嵐が去るかの如く過ぎ去って行きました。 その、「大阪万博」から30年が過ぎました。 高度成長の中、働きづめで私を育ててくれた父も1985年に他界。 私自身も結婚し、子供も出来、日々仕事に追われる毎日。 ふと、大阪万博を振り返ってみると、あの30年前の未来像は今どうなっているのか。 この30年間、人々の暮らしは良くなったのか、それとも・・・。 このHPでは、大阪万博で紹介されたテクノロジーや文化、当時の風俗と、 現在を比べて、私「のりすけ」が好き勝手な事を書き綴る、至って身勝手なサイトです。 さて、上では偉そうな事を書いていますが、そんな大した物ではありません。本当に。 飲み屋で、同年代のサラリーマンが話してるようなことを書こうかなって 思っている程度の物なので、気楽にアクセスして下さい。 文章が拙い上に、記憶違いなどから、間違った事を書いてしまった時は、 ご指摘頂ければ幸いに思います。 また、あなたの大阪万博の思い出があれば、メールまたは掲示板でお寄せ頂ければ、 幸いに思います。 ・私は、何回も会場へ足を運んだ。 ・私は、会場で働いていた。 ・私は、大阪万博が初デートだった。 ・大阪が遠く、大阪万博には行けなかったが、TVや雑誌で、はまっていた。 ・学校のクラスで、万博に行った奴が周りに自慢していたのが憎たらしかった(^_^;)。 などなど。 興味深いお話は、HP上で公開させて頂きたいと思っております。 (もちろん、事前にメールにて、公開の承認を取らせて頂きます。) 宜しくお願いいたします。 上に書いたように、当時の記憶はポイントでは覚えているのですが、 恥ずかしながら鮮明な記憶は無いので、友人の知識などにも頼りながら、 下記の本を参考文献にさせて頂きました。 今後とも、「のりすけ」共々、OSAKA BAN PACK!を宜しくお願いします。 Mar 2000 大阪万博から35年、サイトを開設して5年、愛・地球博効果でしょうか、 おかげさまで、Yahoo!JAPANカテゴリ「1970年日本万国博覧会」に 登録されました。 ありがとうございました。 Aug 2005 ・このホームページはリンクフリーです。 ・リンクの際はトップページにお願いいたします。 ・リンクを貼って頂ける場合は事後でも結構ですので、メールか掲示板にてお知らせ下さい。 ・テキストその他の無断転載及び転用はお断り申し上げます。 ・このページは「Internet Explorer6.0、フォントサイズ中」 で動作確認しています。 LINK BANNER ![]() 参考文献 まぼろし万国博覧会 串間努[著] (株)小学館 EXPO’70伝説 オルタブックス編集部[編] (株)メディアワークス 週刊20世紀 No.28 1970年 朝日新聞社 週刊日録20世紀 No.4 1970年 講談社 千年都市大阪 大阪市都市工学情報センター 20世紀 おもちゃ博物館 日本玩具文化財団[編] 同文書院 特別展「万博開封」図録 大阪市立博物館 ![]() |